コラム

トラウマ体験が子どもたちに与える影響~学校生活編①

 「トラウマ」という言葉を聞いて、どのようなものを想像しますか? とても恐ろしいもの、衝撃的な体験。だけど、そう多くの人が体験するものではない。そんなふうに答える人も多いのではないでしょうか。  しかし、実は多くの子どもたちが虐待、ネグレクト、経済的問題、家庭内暴力、地域社会での暴力などに幼少期の発達段階から継続的にさらされることによって、トラウマを経験するのです。日本における疫学調査によると、一生のあいだに生死に関わる体験(トラウマ体験)をする割合は約 60%とも示されており1)、けっしてめずらしいわけではありません。そして、慢性的なトラウマが、学習や行動に深刻な問題を引き起こす可能性があることや、トラウマを経験することによって、発達障がいと似た症状が現れることも明らかになっています。

 トラウマは、教師を含む学校関係者にとって特に対処が難しいものです。なぜなら、子どもたちは自分が感じている苦痛を、他者が簡単に認識できるような形で表現しないことが多く、攻撃的あるいは一見「問題行動」として自分の苦痛を隠してしまうことがあるからです。学校におけるメンタルヘルスの問題を専門とする精神科医、ナンシー・ラパポート氏が、「子どもたちは、自分たちが血を流すところを見ないようにする名人なのです」2)と言っているように。

 子どもたちのトラウマの症状を理解することこそが、子どもが出す「問題行動(のように見える行動)」の理解につながります。それがトラウマインフォームドケア、 すなわち「トラウマがよく見えるメガネをかけること」になるのです。 「トラウマがよく見えるメガネ」とは?と思われた方も多いでしょう。トラウマインフォームドケアという言葉は、日本でも普及しはじめたばかりです。トラウマ体験は誰にでも起こり得る、だから「目の前の人はトラウマを抱えているかもしれない」という視点に立って対応すること、トラウマとは何か、トラウマの影響にはどんなものがあるのかを正しく理解して、対象となる人と関わることがトラウマインフォームドケアなのです。

トラウマを体験した子どもたちによく見られる症状や行動には、以下のようなものがあります。これらをトラウマインフォームドケアの視点で見ていくことにしましょう。

  • 教師との健全な関係を結ぶことの難しさ
  • 自己コントロールの難しさ
  • 否定的な思考
  • 過覚醒
  • 実行機能の問題

教師との健全な関係性を結ぶことの難しさ

 虐待やネグレクトを受けた子どもたちは、学校生活を円滑に送るために必要なステップである、教師との関係づくりに躓いてしまうことがあります。本来なら、安心して身を任せるべき養育者に無視されたり、裏切られたり、傷つけられたりした経験があるため、信頼できそうな大人に対しても警戒心を抱くようになります。上述したラパポート氏は、「この子たちは、大人が自分の要求を認め、必要なものを与えてくれるというモデルがない」とも指摘しています。  虐待等の逆境的な環境で生きてきた子どもの多くは、生活の中で大人との間で愛着を育むことができません。「人は信頼できる、自分は愛される存在であり、人は自分の面倒を見てくれる 」というテンプレートを持つことができなかった子どもたちは、常に大人の顔色を窺い、試し、無差別的にベタベタとしてくるか、あるいはまったくの無関心を装ったりします。  先生が何か言う度に揚げ足をとる子、思い通りにいかないことがあるとすぐに怒る子、いつも大人しく、「大丈夫?」と声をかけられても「大丈夫です」と即答する子、そういった子どもを先生方はたくさん見てきたはずです。もちろん、こういった子に全員トラウマ体験がある、というわけではありません。  大切なのは「行動の背景にどんな気持ちがあるのか?」を考えることです。たとえ子どもが出している表現が不適切であったとしても、その奥にある「感情」に目を向ける必要があるでしょう。「すごく怒っているね」、「何か心配なことがあるのかな」など、その子が抱えているであろう感情を受け止め、子どもにとって安心な形で照らし返すことで、はじめて子どもは「自分は怒っているのか」、「心配なのか」と認識することができます。心の中にある、よくわからないざわざわ・もやもやするものに名前をつけると、それを行動ではなく言葉で表現できるようにもなるでしょう。

自己コントロールの難しさ

 トラウマを抱えた子どもは、強い感情をうまくコントロールできないことがよくあります。乳幼児期の子どもは、身近な大人からよしよしとなぐさめてもらうことで、自分自身を落ち着かせることを学びます。ネグレクト的な環境に置かれ、大人から適切になだめてもらうという体験がなかった場合、自分の不快な感情を調整する機能が育ちにくくなってしまうのです。
 学校内にクールダウンスペースを設け、感情が抑えられなくなったときにはそこで落ち着くまで過ごせるようにする(その際には、つかず離れずの距離で大人が見守る)、イライラや興奮の度合いを「エレベーター」や「風船」にたとえ、不快な感情がMAXにいくまでに周りが対応できるよう、感情を見える化しておくなどの対処法があります。どれも一度で抜群の効果が出るというわけではありませんが、備えておくことで関わる大人の不安もコントロールできるかもしれません。

次回は、否定的な思考、過覚醒、実行機能の問題についてみていきます。

【高田 紗英子】

トラウマ体験が子どもたちに与える影響~学校生活編②

①に引き続き、トラウマ体験をした子どもたちが学校生活の中で出しやすい症状や行動などを見ていきましょう。 このコラムの最後には、さまざまな背景を持つ子どもたちと関わる先生方のセルフケアの大切さについても書いていますので、よければそちらもご覧ください。

否定的な思考

 トラウマを抱えた子どもたちのまた別の課題は、「自分は悪い子だ」「自分のせいでこうなった」という思い込みを育ててしまうことです。そのため、人から好かれたり、良く扱われたりすることはないだろうという誤った期待につながります。  トラウマを抱えた子どもたちは、「敵意帰属バイアス」と呼ばれる、他人の行為がやたらと悪意のあるように感じる認知の歪みを持つ傾向があるとも言われています3)。 例えば、先生が「席につきなさい」と言うのが、「席につけ!」と言われているように受け取るのだそうです。また先述のラパポート博士は、こうも言っています。「私たちが中立と見るところを、彼らは否定的と見るのです」と。このネガティブな思考に対抗するために、自分のネガティブな思考パターンを認識できるようにすることが必要になります。  また、虐待を受けている子どもたちは、「間違いを犯す」ことに非常に敏感です。間違うことと過度な叱責や理不尽な暴力がセットになっているからです。何か行動をしたとして、それが場にそぐわなかったら叱責され、無能だと思われるのではないかという恐怖にかられ、教室での活動に参加できないことがあり、そのために反抗的に見えることもあるでしょう。教室の中で少しずつ成功を積み重ねていくためのサポートだけでなく、学校生活の中では、「些細なミスが大人の怒りや罰につながることはない」ということ、間違うことも学習の必要な一部であると考えられるようにすることが必要です。

過覚醒

 トラウマの典型的な症状のひとつに、危険に対して過剰に警戒する「過覚醒」があります。  トラウマを抱えた子どもが教室にいる場合、教師がみんなの注意を引くために声を張り上げるという単純なことが、子どものネガティブな反応を引き起こすことがあります。先生が出した大声が、お酒に酔って怒声を浴びせる父親を思い起こさせるかもしれません。何となく挙げた先生の手が、自分を叩こうとする母親を思い起こさせるかもしれません。いったんトラウマへ体験を思い起こさせる引き金が引かれた子どもは、「その時」と「現在」の区別がつかなくなり、頭の中では警報アラームがガンガン音を立てている状態になります。その子は恐怖をかきけそうと大声をあげたり、教室をウロウロし始めるかもしれません。  ですが、「トラウマがよく見えるメガネ」なしでは、このような行動は、先生方にとってはまったく不可解でただの厄介な子に映ることでしょう。そうならないためにも、子どもがトラウマ体験をしている可能性があり、それゆえの行動かもしれないという前提に立って子どもの行動の意味を考えることが大切になります。  トラウマを体験した子どもだけでなく、他の子どもたちにとっても自身のネガティブな反応をどうコントロールするかを学ぶことは必要です。教室内でできる呼吸法やタッピング等、リラクセーションの方法などを共有しておくことは有効です。

実行機能の問題

 慢性的なトラウマ体験は、子どもの記憶力、注意力、計画性、思考力、その他の実行機能に影響を及ぼします。  計画を立てることへの困難さは、学校での課題をこなすだけでなく、見通しをもって自分の行動を計画する能力や、自分のニーズや感情を伝える最善の方法を決定する能力にも影響を及ぼします。トラウマを抱えた子どもたちが動揺しがちなことの1つは、未来を予測することの難しさです。何が起こるかわからないということは、子どもたちにとって大きな不安を生み出します。とりわけトラウマ体験がある子どもには、これからどうなるのかといった見通しをできるだけ具体的に、正確に伝えることが大事になります。

セルフケアを大切に

 トラウマを抱えた子どもたちと接するとき、彼らをサポートしたいという気持ちと同じように、怒りや悲しみ、そして無力感を覚えることはめずらしいことではありません。  教師として子どもに思いやりを示すことは当然のことですが、その思いやりが代償となることもあります。貧困、虐待、大切な人との死別など、子どもが教室に持ち込むトラウマにさらされればさらされるほど、先生方の精神的健康は損なわれる可能性があります。子どものトラウマに間接的に触れるうち、不安やうつ、慢性疲労などを引き起こすこともあります。精神保健分野で働く人々や警察官などの多くの専門家が、間接的なトラウマを経験する可能性がありますが、教育関係者も例外ではありません。  セルフケアをすることは、教師にとってけっして甘えではありません。クラスの子どもたちを褒めるように、ご自分のことを褒めてみましょう。最初は気恥ずかしいかもしれませんが、やっていくうちに慣れていきます。先生方は子どもの良いところを見つけるエキスパートですから。何か大げさなことをする必要はありません。「疲れたな」と思ったときは信頼できる同僚や家族、パートナーに話してみる、「先生としての自分」と「素の自分」を区切って生活する、自分に何か小さなご褒美を用意するなど、ご自分の心地よさを求めることがセルフケアにつながります。  今一度、ご自分に問いかけてみてください。「あなたのケアは誰がしているのでしょうか?」受け持っている子どもたちを大事に思うのと同じように、どうぞご自分のこころとからだを大切にしてください。

引用・参考文献 1)Kawakami, N., Tsuchiya, M., Umeda, M., Koenen, K. C., Kessler, R. C., & The World Mental Health Survey Japan. (2014). Trauma and posttraumatic stress disorder in Japan: Results from the World Mental Health Japan 2)オレゴンファミリーサポートネットワーク: https://ofsn.org/author/dev_3nd40j/ 3) Richey A, Brown S, Fite PJ, Bortolato M. The Role of Hostile Attributions in the Associations between Child Maltreatment and Reactive and Proactive Aggression. J Aggress Maltreat Trauma. 2016;25(10):1043-1057. doi:10.1080/10926771.2016.1231148

【高田 紗英子】

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